南アルプス天然少年団

南アルプス天然少年団

通りすがりの傍観者の足跡。

『タイガーブリージング』感想

会場は、演劇の聖地・紀伊國屋ホール
聖地というくせに、相変わらず雑然としたロビー…。
いや、だからこそ演劇の聖地という感じがする。
『ネムレナイト2008』柴田あゆみ出演)の時もそうだったけど、『蒲田行進曲』(つかこうへい)だの『ゼンダ城の虜』野田秀樹)だの『朝日のような夕日をつれて』(鴻上尚史)だの、数々の名作が上演された“板”の上にハロメン(卒業生含む)が立つ、というのはやはり感慨深いもの。
(むろん、ここで現在公演中の保田圭殿も…)



さて、今回の舞台。
舞台装置は向かい合っている設定のマンションの部屋が上手側と下手側にあり、
上手側は小料理屋を営む長内三姉妹(大澤桂子、橋本美和、石川梨華)の住まい。
下手側には関係のわからない謎の五人組がおり、一見三人の大人(並木秀介、深寅芥、村上東奈)が二人の女子高生(仙石みなみ吉川友)を監禁しているようにも見える。


動物園からトラが逃げ出して世間が騒然となっている中、長内家に興信所を名乗る部長(池田稔)とその助手(宮原将護)がやって来て、向かいのマンションを見張らせてほしいと頼む。
そのマンションにはかつて三女の鮎美(石川)を苛めていた同級生が住んでいて、鮎美はそれがトラウマになっている。
鮎美は貧しかった幼少時に音の出ないテレビを懸命に観ていたことから読唇術を身につけており、協力することに。
そこへ鮎美に惚れているピザ宅配の横浜(斉藤佑介)がやって来て…。



部長が実はマンションにいる女子高生(仙石)の父親であることは早い段階でわかる。
そうすると助手の方はいったい何者?
そして五人組の関係は?
逃げたトラの行方は?
…というのが後半へつづく展開に。



舞台美術は、『ネムレナイト2008』などオトムギ系だけでなく、『かば』シリーズや『レモンスター』『すこし離れて、そこに居て』など散歩道楽系も手がける田中敏恵氏。
生活感のある、リアルなセット。
役者としてはやはりこういうリアルなセットの方が役に入り込みやすいらしく、『かば3』の時にあいざわ元気氏が、
「娘たち(メロン記念日)みんな出て行っちゃって部屋に残されるとホントに寂しい…(笑)」
と語っていた。


田中敏恵インタビュー


↑インタビューの聞き手・坪内栄子氏の「観客にすぐ近くで出来事を覗き見しているような不思議な感覚を抱かせる」で思わず大きくうなずいてしまった。
考えてみれば、芝居を観るという行為は、映画やテレビと違って、そのものがそこにあるわけで、一種の覗き見なのである。
我々は『かば』で菅原さん家を、『すこし離れて、そこに居て』で笠木さん家を覗き見してたんだなぁ…(笑)


さらに今回は、「覗き見をしている人たちを覗き見している」というちょっと妙な図式なわけである。


さらに、『ネムレナイト2008』で照明協会奨励賞を受賞したコンノエミコ氏の照明が美しく、舞台を引き立てている。



石川梨華殿は声もよく出ていて、終始好演。
知らず知らずのうちに周囲の人々を救っていたり、影響を与えていたり…という役はハマり役であった。
個人的には彼女のベスト舞台である。


仙石みなみ吉川友殿は舞台では筆者初見。
共に良かったと思うし、ラストのダンス(振り付けは『ネムレナイト2008』の椿役、“ザネさん”こと元劇団四季・森実友紀殿)はハロプロエッグがきちんと機能していることを証明していたと思う。
特に仙石殿はアフタートークショー(5/10)で橋本美和殿が言っていたように、父との電話の場面はいい場面だと思う。
池田稔氏は『ネムレナイト2008』ではどうしようもないオトーサン役だったが、今回はいいお父さん役であった。


また、村上東奈殿はどんどん魅力的な女優さんになっている。
つつみかよこ殿がUFAを去った今、舞台でのこの人の需要は増えるだろう。


しかし、なんといっても今回の舞台でキーマンとなっているのはやはり、宮原将護氏演じる情(ナサケ)と斉藤佑介氏演じる横浜である。
これは一対といっていい役。
共に鮎美の持っている不思議な力と魅力にとらわれながら、どちらも愛情をうまく表現出来ない。
だが、コースどりは間違っているかもしれないが、「これしか出来ない」と、とりあえず伴走する道を選んだ横浜と、考え過ぎて共に走ることを拒絶し、むしろ邪魔をしてしまっている情。
やっぱり走っといた方がいいのだよ。
(ねぇ、某ボーイッシュ担当殿…)*1



全般的には、さまざまな事柄がよくまとまっていて、たいへんいい舞台だったと思う。
そのかわり、いろいろとあって本筋がやや曖昧になってしまった感がある。
これはおそらく主役級を演じるはずだった中神一保氏の急病による降板*2→代役を立てず台本の書き直しで臨んだ、ということが大きいのであろう。
代役を立てなかったというのは、この役は中神氏でなければ出来ない、と作・演出:塩田泰造氏が判断したということ。
塩田氏も再演に意欲を持っているようだし、中神氏を含めた形での再演に是非期待したい。
 
 

*1:作・演出:塩田泰造氏に語った感想は「ここにもちがうあゆみがいましたね」だったそうである。http://www.otomugi.com/diary01/su2_diary.cgi 5/15付。

*2:情の父役で声のみ出演。