南アルプス天然少年団

南アルプス天然少年団

通りすがりの傍観者の足跡。

サンポジウム2011『石神井ポルカ』感想

(公演終了につき、ネタバレあり。結末についても触れておりますのでご注意ください。なお、DVDは現時点では発売されない可能性が高い…?)



この作品は、『昭和編』と『平成編』から成っていて、それぞれ単独の物語としても楽しめるが、合わせて観るともうひとつ大きな物語となっている。
散歩道楽には『ロマンチックにヨロシク』保田圭矢島舞美中島早貴出演)という作品があって、これは3つの一見独立したエピソードが同時進行で進み、観終えるとある一人の女性の人生が浮かび上がる、というものだった。
今作は、時代設定が1970年代半ばの『昭和編』と2011年の『平成編』という約30年の時間を越えた、しかし同じ場所での2つのストーリー。
風呂なしトイレ共用のアパートに住む、夢を追う人々の物語…。
いや、夢さえもまだ見つかっていないのかもしれない。
部屋にあるのは布団くらい。
「シングルベッドで夢とお前抱いてた…」
なんて、もう充分贅沢じゃないか!
と、怒られそうな世界。



まず『昭和編』。
風呂なしトイレ共用のアパート平和荘。そこに住む25歳の昇(郷志郎)はうだつのあがらない暮らしをしているが、最近どうやら何かの希望を見いだしたらしい。
大家の娘・幸子(笹野鈴々音)は昇のことが好きで毎日弁当を作って持って来る。
ある日、近所の金持ち桜田家の娘・紀子(三好絵梨香)が平和荘にやって来る。親の敷いた進学や縁談に疑問を抱いた紀子は、アパートに数日住まわせてほしいと頼む。“希望”の為に目先の金が欲しい昇は、高額の家賃を紀子から取ることにして承諾する。
さらに、幸子に片思いの同級生・渡辺(キムユス)という男が乗り込んで来て、昇に幸子との関係を問いただすが、昇は「自分は紀子と付き合っている、幸子のことは女性として見ていない」と嘘をつき、幸子を傷つけてしまう。
やがて、昇の“希望”とはその実、ねずみ講だったことがわかり、騙されていたことに失望する昇。
紀子は約束の五万円を置いて去っていくが、昇はその金を紀子に返すべくあとを追う…。



太田善也氏の作品といえば、『かば』にしろ『すこし離れて、そこに居て』にしろ、どこか昭和の匂いのする舞台だったので、このあたりはお手のもの。
印象的だったのは、幸子役の笹野鈴々音殿。
『レモンスター』の小夜(小柄な少女)役が印象深いが、今作では昭和の女子高生役。
声やセリフの言い回しが昔のモノクロ映画に出てくる女のコのようで、すごくいい。
芝居全体の“昭和感”を醸し出す原動力となっていた。



続いて『平成編』。
2011年。平和荘はなにもかもが昔のまま。かつて昇が住んでいた部屋にはやはり25歳の純平(安東桂吾)が住んでおり、やはりうだつのあがらない暮らしをしている。
純平はふとしたことからべティと名乗る女浮浪者(鶴ひろみ)と知り合う。彼女は昔、このアパートに住んでいたという。
やがて、べティを連れ戻しに謎の男たち(上松コナン・植木まなぶ)が追って来て純平を脅す。彼らのボスである“キング”が彼女にご執心らしい。純平の彼女・静(鉄炮塚雅よ)は純平とべティを守ろうとして必死に奮闘するが、べティは仕方なく戻ることにする。
しかしべティは、何故このアパートが30年たっても改築も取り壊しもされず昔のままなのか?ということが気になり、純平と平和荘のもう一人の住人・輝臣(椎名茸ノ介)に調べて欲しいと頼む。
純平は大学生の輝臣のつてで現在の大家である桜田家の娘・紀帆(三好絵梨香)にたどり着く。上昇志向の強い純平は静と別れて紀帆と付き合おうと企むが、それは静の知るところとなり、失意の彼女は去っていく。
昔のことをよく知らない紀帆に代わり、兄の昇一郎(郷志郎)がやって来て、すべてをべティに語る。
30年前、このアパートで父と母が出会ったこと。その後二人は恋に落ち、母は婚約者が居たにも関わらず、父と駆け落ちしたこと。自分と妹という孫が出来たことから母の父も二人を許し、父が祖父の事業を引き継いだこと。父は先年亡くなったが、かつて幸子にした酷い仕打ちを悔いていたこと。その贖罪の気持ちから、幸子の父が亡くなったあと平和荘を買い取り、行方不明になった幸子がいつ帰って来てもいいように、このアパートを残すことを決めたこと…。
そして昇一郎はべティに言う。
「このアパートはあなたのものです」
一方、いつの間にか紀帆と輝臣がデートの約束をしているのを見て、静にした酷い仕打ちを悔いた純平は、彼女のあとを追うのだった…。



『かば』シリーズでそうだったように、オープニングが似た光景から始まることは予想出来た*1
『昭和編』と違って携帯電話の着信音で目覚める主人公たち。
べティが何者であるかは、『昭和編』を観ていれば割合早くわかる。
えっ? すると、“キング”って誰? まさか…!!!
他にも『昭和編』に登場した人物のその後がさりげなく語られたり、似たようなシチュエーションやセリフが随所にあり、思わずニヤリとしてしまう。
こういうのは両方を観た観客に一種の特権意識を持たせるもので、両作を観た観客へのちょっとしたサービスとして捉えてもいいんだと思う。


共に25歳の、なにごとかを為そうともがく主人公。
『昭和編』で懸命にもがいていた昇。『平成編』では、彼がその後なにごとかを為したことが語られる。
それは『平成編』の純平も再起すればいつかは必ずや成功するであろうことの暗示ともなっている。


それにしても、ただ時代を越えて同じ場所を舞台にした物語というだけではなく、何故その場所が変わらずに残っているのか?…という謎が物語の大きな柱になっている、というのが心憎い。


役者では、共に物語中盤に登場する『昭和編』のキムユス氏、『平成編』の上松コナン氏(共に散歩道楽)の怪演が強烈なインパクト。
(この二人が演じた人物は関係があることが『平成編』を観るとわかるのだが)
とくに上松氏は、今まで気の弱い役とかエリートの役とかしか観たことがなかったので、今回の役は本当にびっくりしたし、あの“口跡”はついついモノマネしたくなる…(笑)


そして、筆者としては『ミコトマネキン』以来の観劇となった三好絵梨香殿。
『昭和編』『平成編』共に、大金持ちのお嬢様で美人の役。
この人の芝居、物語全体や他の役者とペースが合ってるんだか合ってないんだか微妙なところが、場違いな場所に現れたお嬢様役に見事にハマっている。
さすがに数々の舞台をこなしてきただけに、演技的には安定していて、安心して観られる役者の一人になっていた。
「この役はみーよがいいなと思って…」
と、アフタートークショーで太田氏が言っていたのも、あながちお世辞ではないと思う。



そのアフタートークショーで、太田氏は、
「『昭和編』だけのつもりだったが、ある登場人物のその後が気になって『平成編』を書きたくなった…」
と、語っていた。
正解だったとしか言いようがない。
『昭和編』だけだったら、単なる面白い舞台だったかもしれない。
『平成編』と合わせることによって、深味のある人間ドラマに昇華していた。




――サンポジウム2011『石神井ポルカ』、了――
 
 

*1:『かば2』のオープニングは、一種、『かば』のオープニングのパロディになっている。