南アルプス天然少年団

南アルプス天然少年団

通りすがりの傍観者の足跡。

有馬記念とハロプロ

矢口真里殿

今日は年末にある
有馬記念パブリックビューイング
『SHIBUYA de 有馬』
のプレス発表会でした
私はSHIBUYA de 有馬のイメージキャラクターとして今回参加させていただいております
今日は三好ちゃん
村田ちゃん、村上ちゃんの美女ッキーズも一緒でしたぁ
( ̄∀ ̄)

http://ameblo.jp/mari-yaguchi/entry-10742498619.html


三好絵梨香殿 その1
その2


↑こういう画を見ると、なんだかシャッフルユニットを思い出しますな。



有馬記念」の名が、中央競馬会理事長であった有馬頼寧(よりやす。1884-1957年。元農林大臣)氏からとられたことは比較的知られている。
頼寧氏は旧筑後国久留米藩主・有馬家の第15代当主。その子の有馬頼義(よりちか。1918-1980年)氏は直木賞作家で、勝新太郎田村高廣主演で映画化もされた『兵隊やくざ』シリーズの原作者(原作タイトルは『貴三郎一代』)。
戦国期に豊臣秀吉徳川家康に仕えた有馬則頼・豊氏父子の子孫である。
戦国期には、もともと九州に有馬氏(キリシタン大名有馬晴信が有名)がいたから混同しやすいが、この有馬氏は室町時代に近畿から山陽地方で勢力を奮った赤松氏の庶流で、摂津の出身。このため「摂津有馬氏」と称されることも多い。
もともと2、3万石程度の大名だったが、関ヶ原で徳川方に付き、中澤裕子殿の故郷・福知山城主となった(8万石)。
大坂の陣後、久留米藩21万石の大大名となったが、とくにこれといった戦功があったわけでもなく、なぜ優遇されたかについては、司馬遼太郎氏も「まったくの謎」と書いている。司馬氏は有馬頼義氏に直接尋ねたらしいが、頼義氏も首を振って、わからない様子だったという(『街道をゆく丹波篠山街道』に記述)。
ちなみに、九州の有馬氏(肥前有馬氏)は江戸期に入ってから、越前丸岡に移封されている。こちらは高橋愛殿の故郷に近い。
以前、高橋殿が『みなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」に出演した際(2003年)に、おみやげとして丸岡産の五月ケ瀬手焼煎餅を持参していた。
その時のお礼を兼ねてか、この五月ケ瀬という会社が、現在は「ai」という名前のクッキーも販売しているのは、ヲタの方ならご存知の通り。
(なんだか、むりやりハロプロとこじつけた文章になってしまった…)


モーニング娘 高橋愛さん FM J−WAVE「東京REMIX」にて弊社商品「愛」をご紹介いただきました。