南アルプス天然少年団

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通りすがりの傍観者の足跡。

『ベイビーベイビー』感想

(公演終了につき、ネタバレあり。未見でDVDを楽しみにされている方は読まないか、読んでも斜め読みしてください)



『ベイビーベイビー』(SET公式)


光則(岡田達也)と晶(加藤貴子)は長年つき合っている恋人同士。
だが、なかなか結婚に踏み出せずにおり、お互い心の穴を埋める為に光則は保育士の卵・圭子(麻尋えりか)と、晶もまた上司の飯島(佐渡稔)と浮気してしまう。
ある日、光則率いる着ぐるみ劇団は、晶の紹介で幼稚園で『桃太郎』を上演することになった。
しかし、運ばれた着ぐるみが違う、演者の人数が足りない、などトラブルが頻発。助っ人として晶や光則の友人・雄介(久ヶ沢徹)がやってくる。
ところがその日は、光則が圭子の父親・誠(藤木勇人)と会う約束をしていた日だった。
圭子の妊娠が発覚し、怒り狂った誠が沖縄から上京してくる日だったのだが、光則はうっかり忘れていたのだった。
父娘がこの場に乗り込んで来ることを怖れて、光則は雄介と口裏を合わせて所在を眩ます。
一方、晶もまた光則の子を妊娠しており、雄介の妻・芳子(野口かおる)にだけすべてを打ち明け、光則に知られぬうちに飯島との関係を清算しようとする。
二人のついた嘘の辻褄を合わせていくうちに、事態は意外な方向に発展して…。



ひとつ嘘をついてしまったことにより、その嘘を成立させる為にさらに嘘をつかなければならなくなって、だんだんおかしな方向に…。


…というスタイルは、昭和の喜劇作家・前川宏司氏が得意としていた分野。
スーパーエキセントリックシアター座長:三宅裕司氏が前川作品に多く出演していたてんぷくトリオ、中でも伊東四朗氏をリスペクトしていることもあって*1、SET本流ともいえるのかもしれない。


子供たちに観せる着ぐるみ劇の舞台裏のハプニングとドタバタを描いた作品ということでは、昨年の『ジッパー!』飯田圭織出演。ヒーローショーの舞台裏を描いた作品)と似た設定といえる。
しかも演目が『桃太郎』ということでは、『金と銀の鬼2011』(桃太郎役=大谷雅恵)にも繋がる…(?)


『ジッパー!』が舞台裏だけのお話だったのに対して、こちらはあちこちに舞台が移動する。
セットがうまいこと出来ていて、
(ここは〇〇の部屋だな)
と、わかりやすかったり、
(あれ?ここどこだ?)
と、わざと観客を戸惑わせる演出もあったりと凝っている。


また、『ジッパー!』が登場人物たちの間に対立軸がいろいろとありながらも、とにかくショーをやり遂げる、という方向に向かうのに対して、こちらの方は着ぐるみ劇の方は途中からはどちらかといえばサブストーリーとなり、むしろ話の焦点は主人公二人や浮気相手の方が軸となる。
(『ジッパー!』には色恋沙汰の話がほとんどなく、この作品における明智平田敦子=のやりくりのようなものが主であった)



役者陣もみな上手く、面白いアドリブが乱発。
中にはどこまで台本でどこからがアドリブなんだかわからない部分もあって、観客の爆笑はもちろん、他の役者も思わず吹き出しそうになる場面も数々。
また、嘘の辻褄を合わせていく…という物語だけに、セリフの間違いや噛みも辻褄を合わせてしまえば面白くなるわけである。


ムラタメグミ殿は、晶の浮気相手・飯島社長の一人娘の静江役。
34歳(加藤貴子殿より年上という設定)、夫・健一(堀田勝)との間に二人の子がおり、さらに現在三人目を妊娠中。
過去に父の留守中に父の部屋をラブホテル代わりにして浮気していたという前科があり、父とも父の後妻ともうまくいっていない。
この為、後妻を追い出す為に晶と芳子の話(嘘なのだが)に加担する。
登場場面は少ないものの印象ある演技。
この人だけが他の役者と一風異なった演技をしているが、それがインパクトになっていて、彼女のこれまでの舞台経験が決して無駄にはなっていないことがわかる。


ヒロインは加藤貴子殿。
アイドルグループ*2出身、『ヤングタウン』レギュラー経験あり*3、その後『温泉へ行こう』シリーズ(TBS。1999〜2005年)でブレイク、女優として地位を確立…という点では、ハロー!勢のお手本となる存在かもしれない。
なお、『ビューティ7』(NTV。2001年)で中澤裕子殿と共演している。


他に、これまでハロプロ散歩道楽系の舞台*4に出演していたが、実際に観る機会のなかった平田敦子殿を観られたのは嬉しかった。
(筆者がこの人の芝居を観たのは、大河ドラマ天地人』に一話だけ登場した豊臣秀吉の妹で徳川家康の妻・旭姫役のみである)
噂通りの怪演。太田善也氏や道重さゆみ殿が絶賛しているのもわかる。


また、ハロプロ勢とは共演の多い佐渡稔氏。
『江戸っ娘。忠臣蔵』のあずき姫(藤本美貴)お付きのじい役、『東京』では柴田あゆみ稲葉貴子前田有紀殿演じる陸上部のコーチ役。
今回はムラタ殿の父役。


そして、圭子役・麻尋えりか殿。
元宝塚の男役とは思えない、ヲタに好評だった(?)ナースコスプレ姿。
「男はおしなべてナースが好き」
…なんて芳子のセリフがあって、それについては個人差があると思うが、少なくともこの人のナース姿は男なら「おしなべて好き」なはずである…(笑)



ただ、妊娠という生命に関わる問題だけに、いろいろとその場しのぎの嘘をついて誤魔化してしまっていいのか?…、その子の将来は?…ということがあって、心底から笑い飛ばすにはちょっと気がひけたのも事実。

また、光則が座長という立場でありながら、いろいろとまずくなって本番直前に着ぐるみ劇の場から逃げてしまうが、例えば『ジッパー!』の着ぐるみショーのリーダー・千葉(伊勢直弘)だったら、彼もわりといい加減な人物ではあったが、それでも彼ならば何が起ころうとも「子供たちの為に…」と、着ぐるみショーをやり遂げることを優先するだろうし、だからこそあの芝居は一本筋が通っていた。
その点、今作の光則という人物には、「子供が大好き。子供たちの笑顔を見るのが幸せ」と言ってたくせに…と、ちょっと感情移入出来ないし、したくもない。


結末に関しても、ともあれ関係修復したものの、あれだけ嘘をつき合ってホントに信頼回復出来るのか、これで良かったのかは大いに疑問が残る。
晶は光則の交通事故(これも嘘なのだが)を知って取り乱す場面があって、彼女の本当の気持ちはよくわかるのだが、光則の“本当”はちっとも見えてこなかった。
また、双方の浮気相手とその家族にまったくといっていいほどフォローがなく、周囲を不幸にして、主人公二人の行動は身勝手だとも捉えられる。
とくに、笑いの中にも圭子の一途さや健気さ、誠の娘を思う気持ちには感情移入させられるので、必ずしも『ジッパー!』のような爽快感の残るラストではなかった。




――『ベイビーベイビー』、了――