南アルプス天然少年団

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通りすがりの傍観者の足跡。

『ジッパー!』感想


(公演終了につき、一部ネタバレあり。未見でDVDを楽しみにされている方は読まないか、読んでも斜め読みしてください。)



この作品も『刻め、我ガ肌ニ君ノ息吹ヲ』『夢落ち』と同じく再演物(初演は2003年)。
タイトルの「ジッパー」とは、文字通りヒーローショーの着ぐるみの背中のジッパーのこと。
ヒーローショーの舞台裏のお話なので、登場人物たちはジッパーを上げたり下げたり忙しいわけである。
ジッパーを一度上げたら、舞台裏でどんなことがあろうとも、彼らは子供たちの前ではヒーローでいなければならない…。



大型連休のある日、丸総デパートの屋上では、子供たちに人気の『奇跡戦隊エレメンジャー』のショーが始まろうとしていた。
しかし、ショーに出演するチームは、チーフ・千葉(伊勢直弘)の鉄拳指導が祟ってアルバイトがバックレ。メンバーは最年長のとしさん(菊地創)、アルバイトの新倉(伊藤マサミ)、今日がバイト初日の王(猪狩敦子)と音響係の鳴海(浅沼晋太郎)だけで、戦隊と敵役をやるには人数が足りない。
千葉はかねてから「ピンクカレン」の中に入りたがっていた幼なじみの茜(飯田圭織)を呼び、CDショップ店員の江渕(NAO-G)を巻き込むが、MC役の王は台湾人で日本語が流暢ではなく…。
一方、ショーを企画したデパートの畠山(兼崎健太郎)は上司の魚住(久保田磨希)に企画をよく思われておらず、プレッシャーをかけまくられる。
ダメ元で畠山が呼んだ本物『エレメンジャー』の俳優・服部(篠谷聖)と柿崎(谷桃子)がやって来るが、服部は実は千葉の実弟で、過去のいきさつから兄のことを憎んでいた。
さらに、千葉の借金を取り立てに極道の仙道(小田井涼平)までが現れて…。



その他、各種の困難やらハプニングやらを、その場その場の機転や有り合わせの小道具を使って乗り越えて、ショーは進んでゆく。
登場人物の中に対立軸がいくつもあって、それが「とにかくショーをやり遂げる」という一つの目的に向かって収れんされていく様は快感ですらあった。
ラスト近く、“5人”揃った時には鳥肌が立った。



登場人物については、パンフレットに詳しいプロフィールまで載っていて、ストーリー上に表れない設定や、登場しないで話題にだけ上る人物についても細かい設定があることがわかる。
例えば、茜の実家は大工さんであるとか、千葉が電話する相手の坪田はショーの会社の社員だが、アルバイトの千葉の方がキャリアも年齢も上、とか。



舞台装置はデパートの屋上、ヒーローショーの舞台裏。
つまり通常の芝居と違って、観客の目の前にあるのは木材むき出しのセットの裏で、その奥にショーのステージがあるわけであるが、芝居の観客からはほとんど見えない。
しかし、このセットの作りが秀逸なのは、僅かに見えるショー出演者の体の一部や聴こえてくる声によって、表の方で何が行われているか芝居の観客が想像力をかきたてられるところ。
それに加えて、ショーを見ている子供たちやその父兄の視点も想像出来て楽しめることだろう。
見えていない部分を想像する楽しみは、映画やテレビよりも舞台の方が遥かに大きい。



さて、『時の流れに身をまかせ』(2006年)以来、久々の舞台となった飯田圭織殿。
モーニング娘。時代の舞台はリーダーというポジションからかしっかり者の役が多かった気がするし、娘。卒業後の『時の流れに〜』は大衆演劇の歌姫役。
大手芸能事務所*1に声をかけられるも夢破れ、しかし再起して成功を掴む…という『ASAYAN』オーディションを彷彿とさせる、ある意味“地”に近い役だった。
今回の役柄は、ヒーローショーのチーフ・千葉の幼なじみの五十嵐茜。
普段はラジオで滅茶苦茶な交通情報を担当しているフリーアナ。
ヒーローショーでは自ら「スーパーMC」と名乗り、とにかく出たがりでやたらステージで歌を唄いたがる。
早口で、声が大きくて内緒話が出来ないなど、終始ハイテンション。
実際、出演者の中でも最もよく声が通っており*2つんく♂P曰く「日本人離れした声帯の持ち主」*3の面目躍如。
それでいて千葉の真実の姿を唯一知っている役でもあり、セリフ面ではストーリーの重要な役目を担わされている。
また、本当はピンクカレンの中に入りたいのに身長が有りすぎて入らせてもらえない…というのは、娘。時代、「ホントはミニモニ。に入りたかったのに…」という姿とダブる。
そして、出産を控えて苦しむ魚住を優しく抱擁する場面では、ヲタとしてはボロ泣きせざるを得ない。


ところで、今回の舞台を特徴づけているものとして、女性客が圧倒的多数であったこと。
概ね男女の比率は3:7、公演によっては2:8くらいの時もあった。
それでも会場で聞いた声や、観劇した女性客の方のブログを拝見させていただいた限りでは、
飯田圭織ちゃんが出ているからか、いつもより男性客が多い」
…とのこと。
それでも飯田殿のセリフや芝居で割れんばかりの拍手が起こる箇所もあり、概ね好評だったようで、まずはなにより。



その他のキャスティングについてもなかなか的を得ていて、例えば本物ピンクカレン役の谷桃子殿(今回、初舞台)。
グラドルの人はヒーロー物に出演する人が多いから納得いく。
頼りなくて落ち着きのない畠山役:兼崎健太郎氏は大きな身体がよりユーモラスだったし、としさん役:菊地創氏は飯田殿もブログにて触れていたように、本当は飯田殿より年下の27歳。
それでいて、腰痛もちの50歳の役を好演。
千葉のセリフ「あんた素敵だぁ〜!」の如く、数々の危機を救う、素敵なオジサンぶりであった。
そして、筆者は『私を土星に連れてって!』以来、お久しぶりとなる伊勢直弘氏。
いい加減で、ちょっと情けない、リーダー・千葉役。
でも、「俺以外に誰がレッドの中に入るんだ!」というプライドと使命感。
そういえば伊勢氏は、『私を土星に連れてって!』でも「レッドファイヤ」役だった…(笑)


個人的MVPは本作の作・演出にして、ヒーローショーの音響兼吹き替え担当の鳴海役:浅沼晋太郎氏。
無口で他の登場人物たちとはまったく喋らず、コミュニケーションは指で見せるサインのような合図のみ(茜だけがそれを読み取れるという設定)。
それでいてショーが始まるや、ショーのヒーロー&悪玉男性陣全員の吹き替えを担当。
この人は声優でもあるから(『きらりん☆レボリューション』の月島きらり=久住小春の兄・すばる役!)…とはいえ、あの七色の声はいったいどうなってるんだか。
とにかくスゲェなこの人は…。


なお、今回、最も観客の笑いを誘ったと思われる仙道役:小田井涼平氏(純烈)であるが、この人の役柄の場合、語ってしまうと即ネタバレになってしまうので、敢えて触れずにおく。
とにかく最高だった(笑)



ともあれ、「シチュエーション・コメディ」の名に恥じぬ快作。
DVDが待ち遠しくて仕方ない。
あと5回でも10回でも観たい舞台である。


なお、この作品には続編の『ジップアップ!』という作品がある由(2003年上演)。
「茜が結婚することになり、その披露宴の余興で仲間たちがヒーローショーをやることになるが、実はこの結婚には障害がいっぱいで…」という話らしい。
なんと、今作でちらっと触れられていた、“6人目のヒーロー”も登場するとか。
観たい…!
もちろん、今回のキャストで…!!!




――『ジッパー!』、了―― 
 

*1:「赤羽橋にある大きな事務所」というセリフがある。

*2:親友・木内晶子殿のアドバイスがあったらしい。http://blog.oricon.co.jp/iikaori/archive/795/0

*3:モーニング娘。×つんく♂』にての発言。