南アルプス天然少年団

南アルプス天然少年団

通りすがりの傍観者の足跡。

『下北箱庭HEARTs』感想



(公演終了につきネタバレあり。未見でDVDを楽しみにされている方は読まないか、読んでも斜め読みしてください)


登場人物

【浅倉家】
父はずっと以前に死亡。
母は10年前に難病の為に入院し、6年前に死亡。
■長男・たつや(杉山文雄
一流商社に務め、父死後の家計を支えた。妹たちにとっては父親代わりで口うるさい存在。母の入院中も治療費を捻出。
4年前に赴任先のブータンで突如退職、失踪。
■長女・ゆり子(飯田圭織
デザイナーを目指し美大に入学するが、母が入院すると中退し、インテリアデザイン会社に入社。家計をたすける為に安定収入を選び(デザイナーは契約だった為)、庶務の仕事につく。
一度婚約するが、2年前に婚約破棄。その後会社も倒産し、現在求職中。まもなく失業保険がきれる。
すみれの結婚後は実家に一人住まい。29歳。10月1日で30歳を迎える。
■次女・すみれ(仙石みなみ
兄妹の中でいちばん容姿が母親似。
優秀な兄と姉に対して、また、背の低さや自分の容姿にコンプレックスがあるが、母だけが味方だった為、いちばん母を慕っていた。
しかし、母の死の直前、たつやに強制的に大阪の予備校に入れられたために母の死に目にあうことが出来ず、母の死後は一時期グレてヤンキーとなる。
3年前に進と結婚。現在は実家近くのアパートに住み、弁当屋で働く。卵焼きが得意。22歳。


すみれのゆり子感→「プライドが高くて見栄っぱり」。
ゆり子のすみれ感→「スーパーボール(小さいけどちょっと投げると数倍返ってくる)」。


■西野進(山冲勇輝)
すみれの夫。餃子の王将下北沢店勤務。すみれには尻に敷かれているが、仕事には誇りを持っている。
■倉田いさむ(高杉瑞穂
ゆり子の元上司。元ヲタクだったが断捨離してフィギュアなどを整理し、顔も整形した。ゆり子とは“友達以上、恋人未満”の関係。33歳。



劇中に出てくる時系列

■10年前
母が筋萎縮性硬化症と診断され入院。
ゆり子、美大を中退してインテリアデザイン会社に就職。
すみれ中学入学。
■6年前
すみれ、夏休みに強制的に大阪の予備校に入れられる。
その直後、母死亡。
たつや、ブータンへ転任。
■4年前
たつや、突然会社を退職し、ブータンで失踪。仕送りが途絶える。
■3年前
すみれ、進と結婚。
■2年前
ゆり子、婚約するが破棄。



あらすじ

母の七回忌の日。
ゆり子は実家を売り、引越しする準備中。その手伝いをする為に妹夫婦といさむが来ている。
前日、4年前から行方がわからなくなっていた兄のたつやから「七回忌に参列する」という電話があった。
たつやは姉妹が居ない時に家に現れるが、応対した進といさむは姉妹から聞いていた話からあまりにもかけ離れた姿の人物なので勘違いして…。



感想

冒頭のプロローグ的な部分を除けば、場面転換や時間経過のない一幕劇。
つまり、上演時間ほぼそのままの1時間40分の物語。
かつてのメロン記念日主演の『UNO:R』と同じだが、『UNO:R』のような緊迫感はない。
これはこの芝居の登場人物たちが、どちらかといえばみんな癒し系の人たちだからだろうか。
もっとも、この作品にもサスペンス的な要素はあって、
たつやは何故行方をくらましたのか?
また、母の死にも謎があり、酸素マスクが何故はずれて(はずされて?)いたのか?
…ということがある。


親の死をきっかけにバラバラになってしまった兄妹。
全体としては、やはりメロン記念日主演の『かば』シリーズなどと通じる家族再生の物語である。
喪服の姉が妹の頬を叩く場面や、個性の強い姉妹の彼氏や夫、“家”が物語の中で重要な部分を占めている…、などなど、共通するところは多い。
そんな中、最も苦労の多かったゆり子の“失われた10年間”について触れられているのが、この芝居の特徴といえる。
しかし、『かば』シリーズの菅原家の家屋が、登場人物の一人といってもさしつかえないほど生き生きと芝居に加わっていたのと比べると、この浅倉家は(せっかくのいいセットなのにも関わらず)あまり多くを語ってくれない。
亡き母の象徴は母が生前庭に植えた夕顔であるが、屋内にもなにかキーとなる小道具があっても良かったのではないかと思う。


セリフに数字がたくさん出てきて混乱しがち。
設定の七回忌というのは没後6年なので問題ないのだが、これが混乱を助長させているようにも思える。
ただ、ゆり子がもうすぐ30歳、「6歳年下」というセリフのあるすみれが22歳…、というのはちょっとわからない。


また、ストーリーの進行にも難があって、引越しの手伝いに来たすみれに、同じく手伝いに来ているいさむをゆり子が紹介していないというのも妙だし、いさむの求めに応じてゆり子が母の写真は見せるが、たつやの写真は見せていないというのもおかしい。
いさむもいさむで、母の話題が出ると「写真を見せてくれ」と言ったのに、たつやの話題が出たのに写真を見せてくれと言わない。
そもそも、親族である進が、義兄であるたつやの顔をまったく知らないというのはかなり不自然。
たつやの失踪後にすみれと知り合って結婚したのだから本人に会ったことがないのはわかるが、すみれと結婚して何年もたつのだから写真くらいは見るだろう。
すみれにゆり子がいさむの写真を見せるが、整形前の写真を見せるのもどうかと思う。
この時、いさむは二階に居たのだから、写真見せてくれと言われて写真を見せるよりも、二階から呼ぶ方が自然だろう。
以上の事柄は、すべて物語の進行(とくに、進といさむがたつやの顔を知らないという部分)に大きく関わっていて、笑いの部分につながっていくのだが、
(そんなわけないだろう…)
という思いが先にたってしまうので、あまり笑えないのである。
その笑いの部分については、台本では案外あっさりしていて、高杉瑞穂・山冲勇輝両氏のアドリブに負うところが大きかったように思われる。
『かば』一作目がアドリブ禁止だったのと好対称である。


演出は映像畑の人で、窓外のいさむと進の場面などは“ならでは”なのだと思う。
全般的には手堅く、しっかりした演出だったように思う。
しかし、映像畑の人が舞台を演出する場合、観客から(稽古の時の演出家からも)見えている部分のみに固執してしまいがちであるが、今回もそうで、せっかくのセット、例えば観客に見えていない二階や台所で何が起こっているかなど、観客の想像力をかきたたせてくれる演出はなかった。
また、せっかく役者5人が背の高い4人と背の低い1人なのだから、視覚的にその高低差を活かす手はあったのではないかと思う。



舞台初主演のゆり子役:飯田圭織殿。
確かに、モーニング娘。時代からずいぶん舞台に出ていて座長の経験は豊富なんだけど、主演はなかった。
ちょうどハロー!勢が次々と本格的に舞台に進出していく時期にこの人は休業していたこともあるのだが。
今回、初主演ということもあってか、気合いの入った演技を見せていた。
『ジッパー!』では本人とまったく違うキャラクター、『SAMURAI挽歌』は時代劇ではあるが若妻役と、やや本人に近い役。
今回は本人もアフタートークにて語っていたように、「本人はしっかり者のつもりなのに周りから見ると抜けている」という本人に近い役(笑)
今回のような小劇場だと身体の大きさが際立つ。
この人の芝居にはある種の硬さがあった(『ジッパー!』のような“暴れん坊”の役だったり『SAMURAI挽歌』のような時代劇だと、むしろその硬さが活かされる)のだが、だいぶ取れてきていて、舞台慣れしてきた感じ。
この人が芝居でアドリブを発したのは、少なくともここ最近の舞台ではなかったように思う。
もともと声量のある人だし、物語の根幹に関わる終盤の長ゼリフは迫力あった。決めとなる「私の10年返してよ」というセリフは、前半の公演では叫ぶように言っていたのを、後半の公演では切なくつぶやくように変えていた。
成功だと思う。
そして、“失われた10年間”を語るセリフは「本人はしっかり者のつもりなのに周りから見ると抜けている」役柄とも合っていて、台本・演者共にキャラクター設定は確かだったようである。


また、ここ数年では飯田殿よりも舞台経験の豊富な仙石みなみ殿。
筆者は『タイガーブリージング』以来である。
『タイガー〜』では女子高生役で、父親役である池田稔氏(大人の麦茶)との電話の場面が強く印象に残る。
今回は元ヤンで人妻役という新境地。
小さい身体ながら気の強い妹という役を好演していたと思うし、背の高い姉役:飯田殿とのコンビはまた観てみたい。
それと、ずいぶんスリムになっていたので驚いた。


その仙石殿の夫役が、昨年大谷雅恵殿がゲスト出演した『世界は僕のCUBEで造られる』の主演:山冲勇輝氏。
『CUBE』でも恋人役:京本有加殿(中野風女シスターズ)にどつかれていたが、今回も…。
気の強い女性との役柄がハマるようで、次回、再び大谷殿と共演ということになる『SOUL FLOWER』ではどんなだろうか。
「元ヲタクで整形済み」という役柄の高杉瑞穂氏も新境地なんだろうと思う。
公演回数を重ねるに従って、よりヲタクっぽくなっていったのは連日ホンモノのヲタを間近に見ていたから…?
また、たつや役:杉山文雄氏は、最も安定した演技を見せていたが、フリートークは苦手らしく、カーテンコールのたどたどしさがご愛嬌。
ちなみに筆者いちばんのお気に入り場面は、この男たち三人の場面である(明らかに女優目当てで行ったのに…)。



全般的に、いい題材でいいセットでいいキャラクターなのに、ちょっともったいないなぁ…という印象の残る舞台であった。





――『下北箱庭HEARTs』、了――