南アルプス天然少年団

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通りすがりの傍観者の足跡。

アイドルと野球と武士道

モー娘。・鞘師里保:“カープ女子”が熱望 「今年は優勝」 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150330-OHT1T50140.html
カントリー・ガールズに西武・小関コーチの長女「巨人戦の始球式で投げたい」 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)
「ピンチをチャンスに変える瞬間が魅力」【野球女子:アプガ編】|エンジョイ!マガジン



ちょっと前のアイドルは、野球に疎かった。
ハロプロにしてもそうで、かつて『musix!』にシャッフルユニットで出演した際、「プロ野球12球団を言え」というクイズに答えられたのは石川梨華殿たった1人であった。
この人は『東京フレンドパーク』出演時の「パチョレック」発言*1もあって、かなりの野球通であった(従兄は元ジャイアンツ投手)が、同時に当時のアイドルの中では特殊な存在だったと言えるだろう。


しかし、最近は熱狂的なファイターズファンで、北海道版の日刊スポーツ紙において連載まで持ってしまったモーニング娘。'15の12期メンバー:牧野真莉愛殿の例を持ち出すまでもなく、野球について語れるアイドルが増えたように感じる。
野球を愛した正岡子規を生んだ愛媛にルーツをもつ、THE ポッシボー秋山ゆりか殿は熱心なタイガースファンであることはよく知られている。
モーニング娘。'15:鞘師里保殿は元カープ鞘師智也の姪。
カントリー・ガールズ:小関舞殿は元ライオンズ・ジャイアンツ・ベイスターズ小関竜也の娘。
プロではないが、鈴木愛理殿の祖父は立教大学野球部で長嶋茂雄の一年後輩。
上記エンジョイ!マガジンの特集の別記事に取り上げられているのはLinQ杉本ゆさ殿であるが、彼女もまた元ライオンズ・ドラゴンズ・ホークス:杉本正の娘である。
「地元全体が盛り上がる空間が大好き」【野球女子:LinQ杉本ゆさ編】|エンジョイ!マガジン



ところで、アプガの中では最も野球通といえる仙石みなみ殿であるが、彼女の愛読書である『武士道』の著者:新渡戸稲造は野球が大嫌いであった。

世に言う「野球害毒論」である。
これは明治44年(1911年)、東京朝日新聞に連載された「野球と其害毒」という当時の教育界の野球に対する批判記事。
この中で、当時第一高等学校(主に現在の東京大学教養学部)校長であった新渡戸稲造は以下のように述べている。

「野球という遊戯は悪くいえば巾着切り(筆者注:スリのこと)の遊戯、対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、ベースを盗もうなどと眼を四方八方に配り神経を鋭くしてやる遊びである」

http://www.kusamado.com/contents/1911.html

つまり、盗塁、隠し球など、武士道に反するということである。
さらに、

「ゆえに米人(=アメリカ人)には適するが、英人やドイツ人には決してできない。」

などと、余計なことまで言っている。

「野球は賤技なり、剛勇の気なし」

ちょっと面白いので、他の教育者たちの意見も載せてみる。

■川田府立第一中学校校長
「良選手と良学生とは多くの場合両立するものではなくして、野球の選手に学術の出来るもの品行の良きものはない。私の学校では絶対に野球を禁じてはないが只運動の範囲内で許しているので他校とは勿論試合を厳禁している。」
「野球の弊害四ヶ条
一、学生の大切な時間を浪費せしめる。
二、疲労の結果、勉学を怠る
三、慰労会等の名目の下に牛肉屋、西洋料理屋等へ上がって堕落の方向に近づいていく。
四、体育としても野球は不完全なもので、主に右手で球を投げ、右手に力を入れて球を打つが為右手だけが異常発達する。故に野球選手の右手右肩は片輪になっている。」
■福原専門学務局長
「野球の選手は授業料なども免除し試験などにも手加減をしているんじゃないかと思う。」
■松見順天中学校
「手の平への強い玉を受けるため、その振動が脳に伝わって脳の作用を遅鈍にさせる。」
■磯部検三日本医学校幹事
「(渡米試合までして)まで野球をやらなければ教育ができぬというのなれば、早稲田・慶應はぶっつぶして政府に請願し、適当なる教育機関を起こしてもらうがいい。早稲田・慶應の野球万能論の如きは、あたかも妓夫や楼主が廃娼論に反対するがごときのもので一顧の価値がない。」
乃木希典学習院院長
「対抗試合の如きは勝負に熱中したり、あまり長い時間を費やすなど弊害を伴う。」
■広田攻玉社講師
「妙な塩梅に頭脳を用いる遊戯であるので神経衰弱にかかる。地方中学(現在の高校)において、校長の人気取りに利用される。」


いずれも、野球に対する批判であるが、野球をはじめとする日本のスポーツが学生を中心に発展したことの裏付けにもなっており、興味深い。
(「監督」という役職はそもそも「授業に出るように監督する」という意味もあったらしい。)


もっともこの朝日新聞の連載は、ライバルであった東京日日新聞(現在の毎日新聞)に対する対抗措置に過ぎなかったという説もある。
東京日日新聞は野球擁護論を展開しており、「害毒論」の方で批判されている慶應義塾創立者福沢諭吉はこちらに与している。
早稲田の創立者大隈重信明治41年(1908年)にメジャーリーグ選抜チームと早稲田大学野球部の試合にて始球式を行っており、これは現在記録に残っている中では最古の始球式とされる。
大隈は佐賀藩出身でありながら、佐賀藩の武士道の書『葉隠』(「武士道とは死ぬことと見つけたり」というやつだ)を「視野を狭くさせる」と批判していた。
「害毒論」の方の「乃木希典学習院院長」というのはもちろん日露戦争の乃木将軍のこと。
乃木神社でキャッチボールをしてはいけない(笑))
乃木は当時ヨーロッパで広まりつつあった社会主義の説明を聞いて、
「それなら日本の武士道の方が優れている」
と言ったという逸話があり、どうも武士道を信奉する人間には野球は受け入れがたかったようで、逆に福沢や大隈のような古い時代の武士道的なものを否定する人間が野球に好意を寄せていたようである。



しかし、朝日新聞社はこのわずか4年後の1915年(大正4年)、全国中等学校優勝野球大会(現在の全国高等学校野球選手権大会)の企画に乗り出す。
さすがに気まずかったのか、
「野球界の監視、指導役として健全な方向に向わせるべく計画、後援する」
という屁理屈を添えている*2



武士道的なものは戦のなくなった江戸中期になってから武士の忠誠心を煽ったり、プライドを保つために作られたものが多く、実際に戦のあった戦国時代の武士とは少々異なっている。
しかし、武士道の精神は、礼儀作法であったり、倫理観であったりに、日本人の美学として残っていることはいうまでもない。

ほら、ちゃんとわかっている。
(2014年3月 “朝日新聞”の記事)


武士道と野球を愛するアイドルが居ても一向に構わないのである。

(最後まで読んでいただいてありがとうございました。サービスショットの意味も込めて…(笑))
 
 

*1:阪神タイガースの選手でオールスター戦にファン投票で選ばれた選手を4人言いなさい」という問題で「新庄、亀山、オマリー、パチョレック」と答えて正解。「まさかパチョレックが出てくるとは思わなかった」という司会者陣を仰天させた。

*2:どうもこのあたりの屈折した経緯がその後の「高校野球の精神」とか、昔のプロ野球関係者が口にした「野球道」などという言葉に影響を与えているような気もする。