南アルプス天然少年団

南アルプス天然少年団

通りすがりの傍観者の足跡。

雨飾山・第二日長野編

第二日(1999.10.20)

4:30起床。
窓から外を見る。
暗い。
しかし雨はまだ大丈夫だ。
とりあえず内風呂に入る。ひと足早く入っていた団長が歯を磨いていた。




5:50、支度して旅館玄関へ。若旦那の運転するマイクロバスにて出発。同乗者は約10名ほど。


ちなみに若旦那はスキーのインストラクターでもあって、その道ではそこそこ知られた人らしい。後のことになるが、TVに出演していたのを偶然観たことがある。


バスは林道を行く。林道なのでかなり揺れる。しかしこれで、歩けば約一時間半の道のりを大幅にカット出来るわけで助かることこの上ない。




登山道入口に6:00着。
広い駐車場がある。同乗の皆さんはそれぞれ出発して行った。
「さてどうします?」
「まぁ飯だな」
というわけで駐車場の片隅で朝食をとる。


6:30出発。
登山道に入ると、まずは大海川という川に沿った湿地帯。木道を行く。しばらくは平坦な道である。
川から離れると急登が始まる。
階段状の登山道。呼吸が乱れてくる。しばらくすると左膝が痛みだした。那須での古傷…いや古くないか。




一時間ほど苦しむと(←文章にするとこんなにも簡単なのがとても悔しい)傾斜がややゆるくなってきた。
突然視界が広がり、沢の音が大きく聞こえてくる。空も晴れてきた。
8:00、荒菅沢(あらすげざわ)という、雨飾山の北面から流れ出る沢のほとりにたどり着いた。


なにがなんでも、休憩である。


沢の水が冷たい。
振り返ると紅葉に覆われた雨飾山が見える。手前は布団菱と呼ばれる岩壁。
日本百名山』の深田久弥氏は雨飾山のことを「品のいい形をしたビラミッド」と形容したが、確かにお椀を伏せたような可愛らしい山である。
空は雲ひとつない。
青空がいつまでも続くような未来であれ。
「なんとか山頂までは(天気が)もちそうだ」


しかし、膝がもつかどうかはわからない…。




8:30、荒菅沢を出発。
沢を渡って対岸の尾根へ。
ここから先は岩の連なる急登。樹林帯の中を行く。
山の形が形だけに、登るのは大変なのである。
登山道もかなりの段差がある為、相当なエネルギー消費を要する。さすがに団長も副長も苦しくなってきている。筆者などは限界だ。
しかし、やがて視界が開けてくる。見下ろすと先ほどの荒菅沢の全景がよく見える。
岩場の急登を超えると短い鎖場があるが、それほどの危険性はない。




鎖場を超えると傾斜も緩やかになった。


笹平10:00着。山の肩の部分である。名前の通り笹原であった。
「あっ…」
副長が笹の裏手に一部だけ積もっている雪、畳二畳ほどを発見した。
雪の向こう、新潟側を見るとキラキラ光った一面が見える。その中に動いている点がいくつか…。









一瞬何かと思った。










それは日本海であった。










キラキラしているのは海面で、動いているのは船が何艘か行き来しているのだ。
「あれ、なんだ…?」
副長もそれが海だとは咄嗟にはわからなかったらしく、動いている船を不思議そうに見ていた。
日本海…)
教えてやりたいのだがこちらはすっかりバテていて声が出ない。
すると通りすがりの初老の男性が、
日本海だよ」
と言って過ぎ去って行った。




山頂までの最後の急登を登ると雨飾山山頂に到達する。11:00着。


山頂に到達するやいなや、団長はウィンナーを茹でる準備を始めた。


雨飾山には二つのピークがあり、南峰には三角点と標柱、北峰には石仏と祠がある。


団長はウィンナーを茹で始めると、安心したように山頂の写真を撮り始めた。
むろん両峰を行き来しながら、ウィンナーの茹で具合を見ながら、である。
幸い天気はまだまだもっていて展望が良い。
これは登山口まで送ってくれた山田旅館の若旦那に感謝しなければならないであろう。


しかし団長に言わせれば、いやしくも山登りをする者として、山頂や展望の写真ばかり撮っていてはいけないのだそうだ。
「山頂から振り返り、自分が今登って来た道を撮っておくことが重要だ」
と、言う。
理由が気になったので、それはなぜなのか?と尋ねた。




団長は答えてくれた。







「いい思い出になる」







一通り写真を撮った団長が満足すると、我々は旅館で作ってもらった握り飯を食べた。


むろんおかずは、団長が写真を撮る合間に丹精込めて茹でてくれたウィンナーである。


(つづけ)


雨飾山山頂から笹平を望む。